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    1大前研一講演会「クオリティ都市という戦略」
    対談「大前研一と熊谷俊人 千葉市の未来を語り合う」
    2013年4月27日(土)

    第2部(対談)

    熊谷 :

    みなさんこんにちは。今日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。

    そして大前研一先生、今日はお忙しいところお越しいただき、またご講演もいただきありがとうございました。わたくしも控室で聞かせていただきましたが、いわゆる地方政府というものを作っていく、クオリティ都市を作っていくには、クオリティ、ある種市民でなければいけないのかなというお話だったかと思いますが、そういう意味で、この千葉市という立ち位置をこれからどう考えていくのかということに尽きると思います。千葉市の特徴というのは、私自身が思うのは、東京から少し離れているところが魅力なのかなと思っています。横浜、川崎、埼玉という政令指定都市に比べると、千葉市は比較的若干離れているということと、成田空港に近い、そして、海や幕張メッセがある。そういう立地なわけですが、大前先生から見て、この千葉市という存在、現時点でどのように見ていらっしゃるか、まずは率直に、特にリップサービスはいりませんので、おっしゃっていただければと思います。

    大前 :

    何の特徴もないというのが特徴じゃないですか。

    熊谷 :

    わかります。

    大前 :

    私は、千葉って、よくこれだけ「幕の内弁当」みたいに集めたなって感じで。例えば日本中の人に千葉の印象を書いてくださいと言ったら、川崎製鉄の工場があるとか、幕張がありますね。あとは、住宅がずーっと並んでいて、やたらに人口も増えたと。だけど特徴はというとやっぱりないと。世界の、これはと印象に残るところは、1か所か2か所、シンボルとなるような場所があります。シドニーでいえば、オペラハウス。それからミュンヘンが、千葉の一番参考になると思うのは、要するに中途半端に都会で、中途半端に田舎となると、ドイツでいうとミュンヘンなんです。ミュンヘンは歩いて回れる。そして川が流れていてきれいな公園もある。都市でもあると。ちょっと郊外に行くとものすごい田舎。そこで、一日寝そべって遊ぶというのがちょうど今のシーズンから夏には観察できるのですが。イメージとして、私は、ミュンヘンみたいなところなのかなと思います。でも、私も千葉によく来ますが、千葉については、そういう印象がない。だからやはりシンボリックな場所、なにかあったら市民が必ず集まってくるところ、そういう所があれば。千葉の人の心のふるさとみたいな所がほしいと。それは海岸でもいいし、このあたりでもいいと思いますが。とにかく雑然と建物がある。でもちょっと出ると田舎がある。その田舎にも特徴がないですね。だから特徴がないというのが特徴なのかなと思います。ちょっと市長には失礼ですか。

    熊谷 :

    おそらくそうおっしゃるのではないかなということを、そのままずばりとおっしゃっていただきましたが、千葉市の方も、千葉市以外の方も、たくさんいらしゃると思いますが、たぶんみなさん、なんとなくまあそうだろうなと、納得される部分もあるのではないかと思います。私自身も市長になって、千葉市を行政から見て実感するのは、まさにその通りなのです。なんでもあるけれども逆に外から見ると、何もないように見えてしまうというところ。ですから、何かひとつ特徴を決めて、そこを磨いていくということが、やはり必要だと思います、そして、千葉市はもともと首都圏の中の、都会のほうを目指してきた側面があるわけですが、私からすると、そうではなくて、やはり田舎、自然の魅力というのをもっと磨いていかなければいけないだろうと。下手に都会といってもたかが知れているというところがありますので、そういった意味でも、緑、田園、里山そしてまた、千葉の場合、海と砂浜がたくさんありますので、そういうものを磨いていくというのは、ひとつの戦略だとは思うのですが。まずどこから手をつけていったらいいと思われますか。

    大前 :

    嘘でもいいから、二十年後の千葉の絵を白い紙の上でみんなに描いてもらうんです。これは、メルボルンのやったやり方です。メルボルンというのは、汚い港湾都市だった。それを、どういうふうにするかというのを描いて。みんな、そうなるとぐるっと回る道路がいるというので、リング道路というのを作りました。それから、このゾーンはこういうものを中心に、このゾーンはこういうものを中心にとやって、世界中からお金を募集しました。そのプランの通りやるなら、よその人にもやらせると言ったら、みんな表の人が来てやりました。第一のところはクラウンカジノと言って、カジノを作った。ですから、長期的な絵があると、明日は無理だけど徐々にそういう方向にいって、今ではちょうど20年ぐらい経って、そのようなものができあがり、そしてそれ以外の産業はもっと適当なところに移っていく。メルボルンは、みんなで絵を描いた。いろんな絵があったが、最終的に議会がそれを決めて、そこに向かって時間をかけていった。そうするとできるものだなあと。しかも自分たちの金でやらずに世界中から来てやってくれる。メルボルンの例は、私は非常に面白いと思います。

    熊谷 :

    ありがとうございます。まさにそのメルボルンと同じかどうかはわかりませんが、今、千葉市でも考えているのは、幕張と検見川と稲毛という人工の砂浜があるのですが、実は日本で初めての人工の砂浜で、長さも日本で一番長い。東京、首都からここまで近い場所に、これだけの砂浜があるというのはたいへん珍しいのですが、実は、県民は知っているけれど、たぶん、全国的には、千葉市に砂浜のイメージはないと思います。で、実際にその砂浜は何に使われているかというと、ほとんど使われていません。いわゆる公園という扱いで、開発が入っていない形です。私自身も公園の部隊と話をすると、公園の面積を1ヘクタールでも増やすことが目的化していて、公園に人を入れる、にぎわわせるというのは、あまり第一のミッションにはないところがあり、4年間話し合ってきて、最終的には、使われていない部分は一部使って、にぎわわせていこうと、今年度からその砂浜の空間の一部を民間の公募をかけて、砂浜、海辺の空間を使ってシーサイドレストラン、カフェなのか、どういう提案がくるかというのはありますが、千葉市らしい海辺の空間づくりというのが、ちょうど今年度からスタートして、順次すべての長い面積をやっていき、グランドデザインも示していこうと思っています。富士山を見ることができる、千葉側から見ると夕日がちょうど見えます。そういう意味で、千葉側のほうが東京湾をきれいに見ることができる、そういう特徴もあって、海辺の活用を私たち千葉市としてもやっていこうと考えていますが、そのことについてお考えと、注意したほうがいいことなど、教えていただければと思います。

    大前 :

    私は、有名なリゾートは、世界中ほとんど行きましたが、リゾートというのは、ほかのものとミックスしないという特徴があります。台湾の懇丁(けんちん)っていうところに海岸がありますが、ここに発電所がある。ここは絶対にもう、一流になれないですね。

    熊谷 :

    なるほど、なるほど。

    大前 :

    つまり、幕の内弁当のリゾートというのは貧乏な時代の日本です。たとえば鎌倉の海岸に行きます。材木座ですね。まあ命名権も今与えてるみたいですが。命名権、安いんです。百何万円。だからもう大前海岸にしようかなと思いますが、権限をくれたらやろうと思います。

    熊谷 :

    それプラスですね。

    大前 :

    プラス。ここはこれしかだめだという権限がないとね。今何をやっているかというと、夏になると、ちょうど6月ぐらいから、よしずが張ってあって、大渋滞で、駐車場も呼び込みのおじさんたちがあふれていて、そして汚いよしずの中でシャワーを浴びさせるぐらいで1,000円を取る。中では、よくわからない匂いのするスティックみたいなものを、みんな食べるだけ。あんなのは、アジアの一番貧しい国に行っても、ないですよ。だから、戦後の日本のままです。普通の国は海岸に何にもないですよ。

    熊谷 :

    そうですね。

    大前 :

    しかも場所によっては音楽をかけています。この前、ヨーロッパの人が行ったら、あの音楽がうるさいと言います。呼び込みの人は必死になって音楽をかけていますから。海岸で、ほーっとしようかと思っていたら、チャッチャカチャッチャカチャとやってます。パチンコ屋の音楽よりは静かですが、観光地に音楽なんかダメですよね。もうほんとにあの途上国日本(にっぽん)そのものが今日(こんにち)に生きているのが材木座です。だから今言われた、熊谷さんの話を聞いていると私も行きたくなりましたよ。夕日に向かって長い砂浜があって、富士山が見える?いいねえ、なんて語りたくなりましたが、行ってみたらたぶん、幕の内弁当だと思います。

    熊谷 :

    ありがとうございます。

    大前 :

    これはあきまへんなあ。

    熊谷 :

    確かに、私も実はこの砂浜のことをいろいろな方にお話をしていたとき、やはり言われたのは、泳げないと。実は日本人は、砂浜、海というと、海水浴に固定されているんですね、イメージが。それで、海の家が、おっしゃったような話になります。海というのは、ただ眺めて、海があるからこそできる民設の施設で、ブランドを作っていくということができると思います。確かに私もそう言いながら、日本であるかといったとき、だからイメージがなかなか共有されないと気づきました。ですから私は千葉の人工の砂浜というのは、稲毛の浜は別として、残りのふたつは、泳ぐのではなくて、そこの海と砂浜の音を聞きながら楽しむことができる、そういう統一的なイメージを考えています。大前さんからご指摘もいただいたので、かなり厳しい制約を作りながら、進めていくべきということですね。

    大前 :

    木更津というのは、昔は潮干狩りに来ましたね。あさりがなくて、将軍様から輸入して、数週間入れておくと、地元のあさりといって、やっていた時代がありましたが、最近はそれができなくなって、段々と潮干狩りもなくなりましたが。やはり、日本人のイメージは、潮干狩りして、翌日の朝の味噌汁に入る、ああ得だなあという、これやはり貧乏国の発想ですね。この前、和歌山県の白浜に行きました。私は学生時代に白浜へ行って、すごくきれいなイメージがあって、今度行ってみました。白浜はありました。そうしたら、タクシーの運転手が言わなければいいのに、この白い砂浜はなくなったので、オーストラリアから持ってきて、白浜ですって言うの。「おい」って感じでしたね。それで流れるともったいないと、縦方向に何本も柵を入れているので、白浜というよりも、柵の間に砂が埋めてあるという感じでした。なにしろ高い金をかけて、オーストラリアから持ってきたのだから。ああ、と思いましたね。やはり自然というのは、自然が一番。そこにいろいろなものを作ってね、例えばキャンプ場があります。夢の島というのがそのすぐそばにあります。東京都の、ゴルフ場もありますが。あそこにキャンプ場があります。役人のやることはどういうことかというと、あそこの小さなじめじめした土地のキャンプ場が東京の唯一の、要するに海に近いキャンプ場です。使い方を申し上げます。往復はがきで東京都に使い方の日にちなど申し込みます。そうすると片側のはがきが戻って参ります。それを近くの銀行に行って、金を振り込んだというハンコをもらって行くと、その日に行けば、使わせてもらえます。テント1個張るぐらいでこれですから。よその国でこんなところありえないです。それが、東京都はお前らに使わせてやる、わずか畳2枚ぐらいのところですよ。そこでみんな嬉しそうに、どんな寒い日でも風が吹いているときでもバーベキューやって、この世の幸せという感じでやっているんです。私はあれを見ると日本の行政みんな集めて殺してやりたいと思いますよ。

    熊谷 :

    実は、最近同じような話があったのですが。私も市役所が面白いなあと思うのは、やはり基本的に付き合う人たちが補助を受ける人たちが多いので、多少手続きが煩雑でも、その手続きを完了して補助を受けるまでは、何とか我慢をします。役所に7回、8回と、1回の手続きでこさせても、特にそれをおかしいと思わない文化があるということと、やはり印鑑文化というのが、根強く日本にはあって、私はサインでいいではないかという話をしても印鑑を押すほうが早いからとかいろいろなことを言って、4年間で変えるのになかなか時間がかかりましたけれども。そういう意味では、途中お話でもありましたように、補助金文化というのが、日本全体、行政と市民の関係もあって、それが最終的にその手続きも含めた近代化を阻害しているのかなという実態をすごく感じます。今、そうは言いながらも、少しずつ、こういうものも含めてスマートホンやタブレットや、そしてソーシャルメディアがはやってきているという中、また、この前委員会で可決された、マイナンバーもいよいよ3年後あたりにはスタートしてくると、そういうことを考えたときに、日本がそうしたものも含めて行政の近代化をしていくために、どういうふうに大前さん的にお考えがおありですか。

    大前 :

    熊谷さんはまだ若いのでね、いろいろな国を見たらいいと思いますね。それでできれば市民の方の、右代表何人かと行ってみると。そうすると、私の大好きな、オーストラリアのゴールドコーストというところがありますが、公園は基本的にもちろん全部タダですよね。それから駐車違反を取り締まらないで、駐車違反しないでいいように市が全部それを準備しています。だからその駐車違反を取り締まるのが役人の仕事じゃないと。それからほとんどの人、裏庭からボートを出すほどの金のない人は、トレーラーでボートを引っ張って行って、それをおろすランプっていうのがありますが、そこは無料です。トレーラーのついたままの船を一日そこに置いておいても無料で、それで船を出して楽しそうに戻ってくると。それから今度は公園がいっぱいありますが、公園には必ずLNGのガスコンロがあります。バーベキューを自由にできて、無料です。そのかわり礼儀としては、あとをきれいに、使う前と同じようにして、次の人にしていくと。ゴミももちろん持ち帰ると。つまり、市民が楽しんで、いい時を持つことが、タダでできる。それで、駐車違反もしないですむ。今までの日本は、全部逆です。あんなところでヨットなんか乗るのは贅沢だ。冗談じゃないです。海洋国家ノルウェーは、2軒に1軒はボートを持っています。でそういうところを見ると、要するに市の役割というのは、市民がグッドライフを一番安い値段で過ごすためのサービスを提供すると。ある意味、ゴミやなんかの、いろんな市民のやるサービスよりも、安いはずです。それからガス代は、無料でやっても、そんなに高い値段じゃないはずです。だからちょっと配慮すれば駐車場は車社会なのだから、みんなで止めてやっていくと。こういう例をいくつか見ていただくとなんでノルウェーは2軒に1軒がボート持っているのだろう、なんでオーストラリアに行くとそういうバケーションを近くの公園、あるいはその水際で楽しむのが無料なのだろうと。これは、市が、市民がいい生活をしてもらうためにサポートするのが自分たちの役割、パブリックサーバントというのはそういうものだと、頭から思っているんです。日本では、サービスをよくしたというけれど、往復はがきで申し込んでくださいと、こういう議論になるわけです。だから私は、ぜひほかを見ていただきたいと。それで、たくさん見ると、イメージがわいてきます。何だったら、アジェンダぐらい私作りますから。それでみんなで見て、盛り上げていくというのが重要で、ここで考えてどのコストから削ろうとか、なにやろうかとやっていても難しいですから。みなさん市長が海外に行ったからってギャアギャア言わないでください。そういうために行くのだから。ほんとにね、私、橋下徹はものすごいいい仕事をやってくれる可能性があると、希望をもっていますが、海外に行った経験がない。シンガポール1回と韓国1回と中国1回ぐらいで、それも数日間ですよ。だから、いろいろな国のイメージ、クオリティ国家読んで、これやりたいって言うけれど、イメージがわかない。だからやはり、私は百聞、一見に如かずで、そういうのを見てくると、市民と政府の関係は、こういうのもある、ああいうのもあるというのがわかってくると、少し広い範囲で考えられます。それから、市民が、要するに議会かな、議会が、ああやってはいけない、あれはやってはいけない、あいつは何かあるとすぐに海外に行くなんて言わないで、いっしょに行けばいい。みんなで、勉強したらいい。ジェラシーがこの国を悪くしています。好きなことしてください。私はそう思います。この年から、千葉市にこもってどうしようどうしようと、最高ないいセンスがあると言われたら、私は、小さくまとまって、うまくないと思います。私のやっていた一新塾の卒業生ですから、でかくなってもらいたい、この人には。ほんと私はそう思います。

    熊谷 :

    やあ。ありがとうございます。もうそう言っていただけると私もたまに海外に行きますが、市長海外行くの多いねと議会で指摘をされたりして、それで、市の職員がびびってしまいます。議会は一応言っておく、お仕事としても指摘をしておくぐらいの気持ちだったのかも知れないですが。やはり職員のほうが市長を守ろうとして、極力行かせない方向にするというのがどうしてもあります。でもやはりシンガポールに行っても、韓国に行っても、それぞれの都市ごとに、大胆なことをしている部分はあって、そうしたものも含めて導入するものは導入していかなければいけない。特に私思うのは手続きを減らそうという大きな考え方があります。行政の場合は「いいことをするイコール何かを作る」なのです。手続きなり補助制度なりを作るというのが、どちらかというと発想なので、そうではなくて、極力手続きを減らす、役所との関わりを減らすということのほうも、併せて大事なので、やはりそのあたりは、市民のみなさま方からも、もっともっと公務員に余計な仕事をさせない、関与を減らすということは、ぜひ提言をしてもらいたいと私はよく思います。

    大前 :

    明治時代の前に咸臨丸でアメリカに行った人たち、明治政府の中で、非常に大切な仕事をしてくれた人たちなのですが、20後半から、30半ばまでの人を、あれだけよく集めたと思います。あの人たちを選んだのはこれはやはりすごいことです。要するに将来の日本を背負って立つような人を明治維新の前に、10年ぐらい前にあそこに乗せた。小栗忠順(オグリタダトモ)とかそういう人がいるわけです。福沢諭吉にしても、伊藤博文にしても海外に行って、すごい刺激を受けて、あの日本をこういうふうにしたいという夢がありました。だからやはりああいうところに行って、非常に刺激のでかいものを持って帰ってきて、それを国造りのために生かしたからこそ、日本は、封建国家から唯一、近代工業国家に脱皮できたと思います。だから今の政治家というのは、国民のジェラシーとマスコミのそういうチクリにさらされていて、スケール小さすぎます。だからそういう意味ではやはり当時の、当時は行ってくると1年かかりますから、けっこうたいへんだったのですが、あれが明治の日本が大発展した最大の原因だと思うし、咸臨丸に人を乗せるのを選んだのは、井伊直弼ですから。みなさんは安政の大獄で暗殺された井伊直弼は悪人と思っているかも知れませんが、幕府側にいて、長期戦略を考えていて、日本の国にとって最も大切な人はこの人だと私は思っています。あれだけの人を選んで乗せた。しかもそれが50歳とかそういう人じゃないです。25歳から35歳の人を入れています。井伊直弼は暗殺されて、いつの間にか歴史家によって悪人になっています。幕府側にいたので、しょうがないところがありますが、私はやはりこの人が最大の貢献者と思っています。ですから時々山口県、萩に行って、こういう人たちの歴史というものに触れてみるとね、やはりその知らない国を見た、知らないところを見たときの刺激、これがやはり原動力ですね。これは今でもあります。日本はずーっと途上国のまんま来て、そのまんま衰退しようとしていますから。ここでクオリティ国家といったときに、一人当たりGDPが数字の上では同じなんだ日本と。同じぐらい金持ちのはずなのに、なんでこんな生活ができるのだと、この怒りが私の平成維新の原点なのですが。ぜひそういう意味において、グッドライフというものは、恥ずべき事じゃないと、グッドライフこそ、最後に死ぬ瞬間に、「ああ、ぼくは日本に生まれてこの街に住んで、ぼくの人生良かった」と、言って死んでもらいたいと、いうのが政治の原点になったら、日本は絶対変わります。私はそういう国を作りたいと思って、50歳で、元勤めていたマッキンゼイを引退して、それ以来人材育成ということをやっていますが、その前にちょっと東京都知事選に出て、いじわるばあさん青島幸雄に惨敗して、あっさり政治家になるのを諦めました。自分で作りたいと思ったけど、今はこういう人に託していますので。よろしくお願いしますね。

    熊谷 :

    ありがとうございます。そういう意味でも、海外も含めて、そうしたところに多く接した、そういう「人材」だと思います。それは多分外部の目線を持った人材だと思います。私自身も、千葉市で、戦後初めて民間の出身、それまで千葉市の市長は民間ではなかったのですが、民間出身の市長としてやらせてもらいました。で、特に思うのは、今までの日本の行政というのはほんとうに公務員だけで構成されてきています。多分海外の行政を見ると、かなり民間との人の入れ替わり、逆にこう行政セクターにいた人間が民間にいくケースもありますし、民間で活躍した人間が行政に一時的に入るというケースが多いかと思います。私自身も千葉の市長になってから、第三セクターであり、また外郭団体それから、本体にもさまざまな分野にプロフェッショナルな外部人材を入れてきていますが、日本の行政と海外の行政のそういう民間と公共セクターの人材の交流というところは、どういうふうに見ていらっしゃいますか。

    大前 :

    日本以外のところで、でかい町は別ですけど、例えば、ニューヨークだとブルームバーグさんですよね。フルタイムの議員さんのいるところって私見たことないですね。アメリカなんかの市町村に行ったときに、議員さんというのは、昼間消防士やっている、あるいは弁護士やっている、そういう人が夜になってきます。で、市長の間だけは1年間休めるような人が多いので、その人はたいてい、会計士か弁護士ですね。1年間休んでも仕事を失わないのは、資格を持った人ですから。それで、議会に1回出ると、だいたいアメリカなんかの場合ですと50ドルもらえる。だから年俸なんかないです。議会1回やって出ると50ドル。で、週1回仮にそれがあるとすると、52×50ですよね。自分の仕事、昼間やっています。そういうのが多いです。スイスなんかもさっき言ったように、みんなが市民です。だから、プロフェッショナルなというか、フルタイムの議員さんがいて、その人たちが、何十人か集まって市議会をやっていて、昼間も夜もやっていて、昼間やるから一般市民の人たちは聴講できないということにもなりますが。だから日本は極めて変わった、非常に議会リッチな国です。長野原という町がありますが、今、八ッ場ダムでもめているところです。あそこの長野原、村か町か忘れましたけど、黒塗りの車ですごいわけです。これがモンタナ州のリビングストンというところと姉妹都市です。で、リビングストンの市長さんが言っていました。姉妹都市で、年に1回こっちでやるけれど、この人たちはほんとうにリッチで、お土産も来るときにはすごいものをもらうけれど、ぼくたちはお土産を持っていけるのはカウボーイハットぐらいしかなくて、困っていると、格が全然違うのだと。我々はみんなふだん消防士をやっていて、2年に1回日本に来るわけですよ。この前たまたま飛行機の中で隣に座ったので、いろいろ聞きましたが。この違いはやはりすごいですよ。プロフェッショナルな議員さんというのも必要だとは思いますけれど。数がやはり。ドイツは、役所に勤めたときは35歳を越えて天下りすることはできない。だから役人になって、やめるのだったら35より前にやめたら自由です。でも35を過ぎたら、少しずつ権限を持ち始めますので、もう関連業界とかそういうところにはもう全く行かれない。ということで、割にそこが若いところでカットしていますね。そうしないとやはりどうしても引退したあとに何をするかと、いろいろなことで変なものを、まあ情も含めてですけれど、できてしまいますよ。だからドイツは割にクリーンな国で知られているのは、やはり35歳定年と。日本もリクルートという会社は35歳定年ですから。そこから先は自分で飯の種持って来いと。できないのだったら、今35で、1,000万円やるからお前やめろと。これですからね。だから日本にもそういう会社がないことはない。ドイツのやり方は非常に参考になると思います。

    熊谷 :

    ありがとうございます。確かに日本は議会が非常に強い権限を持っています。私が市役所、議員から市長になって一番気づいたのは、市の職員にとって、議会というのは、すさまじいぐらいの影響力を持っています。民間企業でいえば、議員は社外取締役だと思いますが、千葉市の場合は社外取締役が54人いて、常にオフィスの横の棟にいて、いつ来るかわからないと。で、いろいろなことを言われる。プラスアルファ54人の7名上の上司がいるということで、どうしても行政のほうは、そういう彼らにちゃんと説明ができるものしか無理だということで、初めから、若干ディフェンシブに行政運営をやってしまうところは、なきにしもあらずだと思います。一方でいい面もたくさんありますが。そういう、人材という意味で、市長以外に議会もそれからそれを選ぶ市民も重要だと思います。その中で、市民のほうに少し、軸足を移していきたいと思いますが、そのクオリティ国家というお話の中で、市民の皆さん方が、自分たちの街のルールを厳しく決めて、それが結果的には街の活性化につながるという、ひとりのエゴではなくて、共有のコミュニティの価値を上げていくというお考えが示されたと思いますが、そういうことを考えていく中で、日本も市民がどういう意識でこれから変わっていけば、そういう街になっていけると、そういうお話も、是非、いただければと思います。

    大前 :

    まずは、千葉市全体というと非常に大きいので、街というものをどういう風にとらえるのかという町(ちょう)単位といいますかね。国によっては、街のブロックというものがありますね。そのブロック単位でいろいろなことをし始める。特に私は、安全関係についてはブロック単位でやらないとうまくないと思います。東京に関しては、ゼロメーター地帯について、ブロックの全員が合意したときには、公的なお金で、そのブロック全体の建て直しをやると。でどういう概念かといいますと、私は基本的に建築基準法っていうものを、地方自治体に委ねてしまうという考え方です。そのブロックの全員が合意したときには、地盤の改良から始めます。地盤を改良しないとやはりゼロメーター地帯は非常に危ないということがわかってきているわけですから、で、東京の場合、大田区が90%以上、液状化の候補地です。江戸川区とか台東区とかそういうところもたくさんあります。千葉のこちら側の海岸沿いでもけっこう、そういうところがあります。これを考えていくと、ブロック単位で合意をすると、まず公的資金で地盤改良から始めて、地下そのものに電線とかガス管とか下水道とかそういうものを全部埋設して、そうして非常用の電源セットとそれからもちろん光速ファイバーラインでもいいですが、そういうものとか一部食料の備蓄などをして、そして上のほうは、かなり大きな開発ができますので、アークヒルズのような、ああいう考え方で全体をやると、表から引っ越してくる人が相当増えます。これは外部経済といいますが、したがって、それが全部埋まったときには、商業施設も少しはあるかもしれない。そういうところで、もともと住んでいた人は負担ゼロでで、公共のほうも売った時には、最初に入れた何億円か何十億円かのお金をそこで回収して、外部から引っ越してきた人によってそれをマイナスして、もともと住んでいた人が臨時に1、2年ほかの所に住む金も全部出して、次のところに行くと。ただし、住民が全部合意したところしかやらないと。こういうやり方を、私は今、東京には提案しています。

    熊谷 :

    なるほど。今、私たち千葉市も液状化が美浜区でかなり起きまして、そしてこれからどうしていくかという時に、私たちが今進めているのは、まさに、ブロック単位で住民の合意があった場合に、すべて面的に液状化対策をしてしまうと。今私たちが直面しているのは、やはり海、埋め立て地というだけで変われない現実があると。固定資産税も落ちてきますし、持ち主そのものも今後売れないと。ですから我々は、個人の液状化対策をするところに補助を出すのではなくて、まさに合意があって面的に地域として、街づくりとして液状化対策をして安心して住める街に再生しようという場合に関しては、私たち自身が、行政がそこに補助を出して、住民負担を軽くして面的な液状化対策をしようという制度を、まさに今、実はこの前発表したところで、今、地元の住民のみなさま方に、合意に向けて説明をしている状態です。実はこれは不確定ですね。液状化が起きた瞬間、傾きを直す、そこに対して、市の単独でお金を出すか出さないかという話がありました。国は生活再建支援法がありますから、全壊、半壊した場合はお金が出ます。しかし、一部損壊といった場合には補助が出ない中で、県が補助制度、間、作ったわけです。プラスアルファ、浦安市だけが補助制度を作りました。で、私たちはそれですごく議論をしましたが、私たちの考え方というのは住民個人がやるかやらないかということに対して、行政がほかの人からもらった税金を投入するというのは、やはりちょっと違うだろうと。そうではなくて、今やっているような面的なもので、街全体がその恩恵を蒙れるというものに対してであれば、税金は支出できるのではないか。こういう考え方で、千葉市は今、住民の負担軽減のために税金を投入するという制度を発表したんです。そうすると、我々千葉市が考えていることが浦安側に知られて、浦安側も急遽、そういう制度を作って、今、同時に浦安市も千葉市も制度がスタートしています。是非、東京でご提案されているのを千葉市のほうにも、教えていただいて、よりわかりやすいような、液状化と湾岸地域の対策を我々としてもしていきたいと考えています。

    大前 :

    阪神淡路が95年に起こって、3.11が2年ちょっと前に起こりましたが、日本の場合には、津波の防御を防波堤でやろうとしています。これは間違いです。私は「ひとり事故調」ということで、3.11の分析をして、福島の惨状というのは防波堤がなかったからではなくて、水没した時に耐えられないようなお粗末な設計になっていたからだということで、これに関しては、東京電力も国のほうも、私のリポートどおりに、今、新潟の改修とか、去年は大飯の3、4号機の改修をしていただいて、橋下さんにも私から説明して、橋下さんが意見を変えたわけですね。で、マスコミのほうはそういうことを知らないので、橋下が急に態度変えた、何事だというふうに言っていましたけれど、実は彼は、私のリポート480ページあるのですが、読んで、わからないところを大学の先生呼んでやってもらって、わかったと。こういうことをやってくれたのだったらけっこうだと、こういうことを言ったわけですが、防波堤では無理です。防波堤というのは、10メーターを想定すると10メーターやります。でもそれが15メーターきた時、どうするのということですね。だから想定をするということは、もうそもそも無理なのです。どんなのがきても大丈夫なような建物がそばにあって、そこに逃げられる。住民の命だけは救うと。で、それから液状化っていうのは、阪神淡路のときを見たらわかるように、非常に醜いものだし、浦安もすごい状況になりましたが、これはやはり避けられます。今の工法では、液状化を避ける方法は日本のいくつかの建設会社はもう完成しています。それからあの時はやはり電源がなくなって、20階以上に住んでいる人は、20リッターの水をもらいに1回降りてくると、もうくたびれて、1週間は降りたくないというようになったので、この辺のライフラインの確保もブロック単位で考えないといけない。そのために、税金でやると金かかりますが、建蔽率という問題、容積率ということを考えると、そういうのを作りかえるときに、外部から入ってきてくれた人のお金でもって、全部の改修をファイナーするというやり方をしないと負担がでか過ぎます。公的な負担では。ですから、そういう外部経済を取り込むことは、幸い都市部、大都市部ではできます。それから実は、もうひとつ非常に重要なことは、2030年の人口分布はみなさん見たことあります?デモグラフィーこれはわかりますよね。その時の日本の人口のピークは67歳の人です。2055年という数字が出ていますが、その時の人口のピークは82歳です。恐ろしい国になるんですね。で、2030年の人口分布をこの1都3県で見ますと、都心3区以外は全部人口減少です。このあたりは、マイナス30%の人口減少です。つまりこれからそこまでは、30%の人口が向こう20年で減るのですよと。これをうまくとらえると、できることはいっぱいあります。でもほっておくと、要するに都市周辺のくせに、過疎化が始まってしまう。それからGDPがどんどん下がります。県民1人あたり所得、GDPが。ですからこの問題は、むしろ前向きにとらえて、少し人口過密なところが緩んできたときに、空き家対策とか、そういうものをどうするかと、いうことを含めて考えないと。私は2030年のマップで、一番びっくりするのは、今まで都心からずーっと外側に通勤圏が広がってきたのが、もう1回大きな波で、内側に戻ると。

    熊谷 :

    そうです。おっしゃるとおり。

    大前 :

    こういう現象が起こってましてね。

    熊谷 :

    はい、起きてます。

    大前 :

    今あの中央区とか千代田区は人口流入が多過ぎて、人がもう来ないでくれと、言ってるんです。

    熊谷 :

    そうですね。もうパンクですね。保育所がないです。

    大前 :

    小学校がないです。統廃合したので、小学校がないのに、子どもを連れて引っ越してくると。中央区長の矢田は、まだ区長をやっていますが、もうあの売り切りのマンションはやめてくれと言っています。なぜかというと、売り切りマンションは、子どもを連れて入ってくる。賃貸だと高いので、子どものいない人がくるので、これはOKというので、賃貸マンションしかもうだめです、中央区は。そのぐらい悲惨な状況が起こっています。

    熊谷 :

    おっしゃる通りです。ここ5年ぐらいで大きく変わってしまったのは、まさにその都心のフロンティアが引いてきているんですよね、波が。人口が減っていくということは、まさにおっしゃっていただいたように、近くで住めると。少なくとも、東京に通勤する人たちにとってみれば、今までみたいな遠いところにわざわざ住まなくても近くで住めるという意味で、少しずつ波が引いてくると。千葉市も、私たちは常に人口の推移を地域ごとに見ていますが、かなり波が引いていっているのを、実感をいたします。ですから、マンションの需要はどんどん都心に引っ張られていく。私たちは、これから人口減少に直面するし、都市内過疎も出てくると。ですから、30年ぐらいを見据えて、ある程度交通の利便性のあるところに街が少しずつ寄っていくようなことも考えていかなければいけませんし、逆に、空いてくる場所が出てくるので、もう少しゆとりのある街づくりというのを、10年、20年、30年かけて構成していかなければいけないと思っています。そういう意味では、土地がかなり空く、そういう中での街づくりに千葉市も挑戦していかなければいけないと考えています。

    大前 :

    ちょうど千葉というのは、一番それが極端に見える、ひとつの市でね。政令指定都市の中でも、都会とそれから田舎、両方持っていますね。で、どういう現象が起こるかというと、大体通勤40分、これが草食系人物の限界になっています。我々の時代は、1時間20分かけて片道通勤して、1日、2時間40分通って、それで、1時間半の先に、向こうで、5,000万円から6,000万円の家を、35年ローンで買いました。昇進と昇給があったからです。今は昇進も昇給も希望もないでしょ。だから、買うほうの値段はうんと下がっています。それから、40分以上通うのは俺無理だよと、こうなっています。ですから、もしそうであれば、昇進と昇給もないし、40分。40分のところは千葉、幸い千葉は持っていますから。こっちのほうは、通勤用の人たちのものにすると。残ったところをどうするかというと、ウィークエンドハウスです。ウィークエンドハウスは、巨大な経済圏です。なぜかというと、金曜日に来て、月曜の朝までいます。そうすると、GDPの、東京の人間、あるいは幕張の人間のGDPの7分の3を奪えます。だからこの7分の3を奪うという考え方で、GDPを週によって1週間の中でふたつに割ると。そうすると、ウィークエンドハウスというのは、けっこういいレストランもいるし、スーパーなんかもすごく賑わう。やり方はこういうふうにふたつが、ニューヨーク州なんかもそうですが、そういうふうに分かれます。これをあらかじめ考えてやっておかないと、勝手にやられると、ウィークエンドハウスはおそらく秩父とか軽井沢とか、あっちのほうにいってしまいます。

    熊谷 :

    なるほど。ウィークエンドハウスというのは、私も発想がなかったです。確かに実際に平日、寝るだけですから、消費一切していませんので、ウィークエンドだけ取るだけでも、実は7分の3どころか、7分の5か6ぐらいひょっとしたら金が落ちる。そういう街にできるかも知れません。私も千葉市に住んでいて、何といっても働きながら、田舎暮らしができる街ですので、そういった意味ではすごく魅力的だと思っています。時間がなくなってきましたので、是非ここで最後に大前さんから伺っておきたいのは、市長選挙もございます。そして、市長を選ぶ、市役所に何を期待するか、期待というのは、何かをもらうという意味での期待というより、街づくりをしていくマネージャーにどういうことを期待するか、また市民もマネージャーになっていかなければいけないと思いますが、ぜひあのクオリティ都市千葉を確立するためにどのような役割、考え、そして行動をこの千葉市民に期待をするか、そのあたりのことについて、最後、お話をいただければと思います。

    大前 :

    NTTコミュニケーション出身の方ですので、コミュニケーションですね。双方向コミュニケーション。それで今の時代は、受け身で市のサービスを受ける、これが当たり前というのではなくて、自分たちが積極的に参加して変えていくと。だから市民というのはどちらかというと市に対して文句を言うのが多いと思いますが、やはり世界を見ると、市は自分たちで作っていくと、だから自分たちはここまでするから、市のほうもこういうことをやれるようにしろというこの双方向の会話というのが、何より重要だと思います。それで、「おい、俺は知っているぞ、なんでも俺の言うとおりにしろ」という年でもまだないので、そのうちにそうなるかも知れませんが、やはり若い市長というのは、その辺、非常に柔軟だし、この4年間の熊谷さんのやったことを見ても、必死で今までの千葉の問題点というものをあぶりだして、それを直していこうとしています。で今度は、だけどそれで、いい生活になるのかと。予算は少し減りましたよといろいろ変わりましたけどね、私の人生どうなるの、私のライフどうなるのとそういうところでグッドライフをエンジョイできるようにするためにはこんなことやろうよと言って、市民の方々も大幅な参加をいただいてやっていく、そういうことの、焦点というかフォーカスの中心になるのが市長、という、こういう運営の仕方をされると、私はやはり日本的にも非常に少ないし、すばらしいことで、一番若い市長さんが誕生した政令指定都市でも、依然として一番若いと。このメリットが出てきます。これから経験を積まれたら、恐ろしいぐらい仕事できると思います。ですから、ぜひそういう双方向対話というのを、うまく維持して活用していただきたいと思います。

    熊谷 :

    ありがとうございます。双方向の対話というお話をいただきました。実は今日、ここに参加されている方は、今までと少し参加者が違う傾向があります。この中で、私のホームページで、フェイスブックやツイッターなどを通して参加をしていただいた方々、かなりいらっしゃいます。手を挙げていただいてもよろしいですか。実は、これだけの方々が、ふだんこういうものは、もう少し違う手段で、大前研一来るみたいな立て看板をしてきていただくケースも多いのですが、そういう意味では、双方向のコミュニケーションの中で、参加をしていただき、街のことを考えていただける方も入っている。そして、ICT以外でも、今までもこういう形で双方向でやってきている、そういう方々がたくさん、ここには参加しています。おそらく、この方々が96万人になると、千葉市はほんとうに生まれ変わると思っています。今日、大前さんからいろいろなお話をいただきましたので、私たちもぜひ、それを少し発展させていきながら、千葉市全体に双方向性をあふれさせていきたいと思います。今度お越しになったときは、あら、千葉市変わったなというふうにおっしゃっていただけるように私たちがんばりたいと思いますので、今日は、ほんとうにお忙しいところ、ありがとうございました。
    (大前さん退場)

    熊谷 :

    今日みなさまいかがだったでしょうか。非常に面白いお話、そしてまた、新たな視点で特に私は、海外の事例をたくさん出していただいたのがいいと思います。その海外の事例に習うかどうかはともかくとして、国内の他の都市はどうだという国内の目線だけではなくて、海外はこれだけ変わってきている、こういうユニークなことをやっているというアイディアがあればあるほど、じゃあ千葉市の特徴を生かして、少しひねってこういうことをやろうかというアイディアがまた出てくると思っています。私自身は、市長の役割として一番大事なことは、こうした面白い話であったり、いろいろな情報、発想が一番集まるのは市長という立場です、千葉市の中において。ですから市長という役割だからこそ、集まるさまざまな人的なもの、もしくは、知的なネットワークを、どんどんどんどん開放していってそして市民の皆さん方がそこに参加をして、さらにその輪が増えていくという、そういうハブ、ハブというのは、輪の中の真ん中という、そのハブの役割を果たすというのが、私は市長であり、市役所の役割だと思っています。どうぞこれからもそういう役割として見ていただいて、皆様方、街のマネージャーというか、街のブランドデザイナーの皆様方といっしょになってこの千葉市が総力を挙げてこれから、日本どころか、アジア、世界で、あ、千葉市ってこういう街だよねというふうにイメージしていく街に、5年、10年、20年かけて私たちは作っていきたいと考えています。それが、私たち千葉市にはできる。そういう魅力と、立地を持っている街だと思っています。どうぞ、これで終わりではありません。ぜひこれからも双方向のネットワークを続けていって、それぞれの人たちだからこそ、それぞれの経験があるからこそ、考えられるそれぞれのアイディアを持ち寄って、いっしょになって、街づくりについて語り合う、そういう集団として、これからも皆様方とおつきあいをしていきたいと考えております。私の事務所や、そして私のホームページが少しでもそういうお役に立つようにいたしますし、また、市役所自身がさらにそういうふうな役割を担えるように市役所の職員といっしょになって、取り組みたいと考えています。今日のご感想も、ぜひ、お寄せいただきながら、新しい千葉市づくりに向けて、皆様方のご関心をお寄せいただき、そして、市民でない方も今日はたくさん参加いただいております。どうぞ、そういう方々も、外から見て、千葉市のいいところ、見える所がたくさんあると思います。市民だけが千葉市をつくるわけではないと思います。市外の方々もどうぞ千葉市でこういう実験をやってほしいという提言もたくさんいただき、それを受け入れられる千葉市でありたいと思っております。今日は、お忙しい中、ゴールデンウィークの初日という大事な日に、お時間をさいていただき誠にありがとうございます。これからもよろしくお願いをいたします。