第1章 非常時こそ問われるトップの真価 ~台風15号対応③~

 今回の災害ではツイッターが本当に役に立ちました。2011年の東日本大震災の際も、私はツイッターを活用して計画停電の情報や市の復旧復興情報などを発信したり、十分に役立ちましたが、当時と今では普及度が違います。当時は情報感度の高い人たちがツイッターを使う傾向にあり、有用な情報がある一方で、確度の低い情報も拡散され、真偽を見極める必要がありました。行政の最新の情報を多くの方に発信し、自動的に拡散されるという意味では有用でも、被災現場の実態把握という観点では平均的な実態とずれていることを考慮する必要がありました。
 それが9年間経過し、今ではごく普通の方も災害時などに行政のツイッターなどで情報を入手することが一般的になり、特に千葉市では私がこの 10年間、常にツイッターで市政情報を発信し、ツイッター対話会など平時から意見交換を行ってきたため、若い方はもとより高齢の方でも「市長、ツイッター見ています。娘が設定してくれまして」と普及が進んでいました。
 その結果、「市長、○○町です。倒木で道路が寸断され、孤立状態です」「、○○町は東電のホームページでは停電地域になっていませんが、○○番地は局所的に停電しています」といった情報が一気に集まり、行政が集約した情報とツイッターの情報を掛け合わせることで、おおよそどの地域がどのような状況に置かれているか、被害の全体像を把握することにつながりました。時には危機管理部門よりも詳しい情報を持っている時もありました。9年前と比べて写真や動画をつけるようになったことも大きいですね。
 また、日が経過するにつれて被災者のニーズが変化していく様子も分かり、災害対応がどのステージにあるかも把握しやすくなりました。
 千葉市では2011年の東日本大震災を契機に、広報広聴課や観光プロモーション用のアカウントを立ち上げ、私のアカウントと連携しながら適宜情報を発信してきました。9年間の蓄積があるため、多くの市民がフォローしています。災害時に必要な情報を拡散させやすいほか、広報広聴課が必要な発信をしっかりしてくれました。都道府県でも観光や防災などでSNSを活用していますが、千葉県はSNSを活用してこなかったため、今回の災害時もSNSでの情報発信がなく、7日目の 15日になって防災アカウントが立ち上がっています。
 私からの助言としては、千葉市のように広報系の部署がアカウントを運用した方が良いと思います。県の防災アカウントは防災危機管理部危機管理課災害対策室に広報部門の職員が臨時的に防災危機管理部に派遣されて運用したようですが、災害時に県民が求める情報は防災危機管理部以外にも数多くあります。普段から各部門が県民に広報すべき情報を集約する業務フローが存在する広報部門が運用することが望ましいですし、平時に県の各種情報を発信しているからこそ、多くの県民がフォローします。
(→当時の実際のツイッターはこちら)

 災害時に行政でよくありがちなのは、災害対応と名の付くものは全て防災部門に回すという対応です。よくよく考えると、本来は専門の部署が対応すべき案件も災害対応の名の下に防災部門に回されます。するとどうなるか。防災部門は膨大な事務と判断に追われ、機能不全になる一方で、他所の部署はほぼ平時に近い業務をやっていて危機感が組織全体に共有されていない、そんなアンバランスな現象が発生します。発災当初の県はおそらくそのような状態だったと推測されます。
 私はそのようなことが起きないよう、「この案件は君の部署の本来業務だ。防災部門とはよく協議してもらいたいが、君たちが主体的に判断し、実行してほしい」と指示することを心掛けています。市長や副市長が仕事を各部署にさばく役割をある程度引き受けないと、防災部門が他組織にさばく仕事すら引き受け、組織がパンクします。防災部門が彼らでしかできない仕事にリソースを集中できるようにすること、これがトップの役割の一つです。
 ツイッターなどSNSについても、千葉市は災害時でも広報広聴課が本来の業務として市民に対して災害関連情報を発信することにしています。防災部門と異なり、全庁的な情報が集まりますので、直接的な災害対応情報だけでなく、保育所や学校の状況や災害ごみの収集など、被災者が知りたい市全体の情報を発信することができます。
 ここで重要なことは時間軸です。災害対策本部や市長が決定した事項が、様々な調整を経て、担当職員が市民に詳細を発信できるようになるまでタイムラグが生じます。発災後しばらくは数時間のタイムラグも被災者にとっては死活問題となります。そこで、組織的に決定したものの、詳細発信に時間を要することが見込まれる場合は、私のアカウントから「○○についてはこのような方針と決定しました。詳細については後ほど広報広聴課アカウントから発信します」と発信することとしました。
 例えば、災害ごみを無料回収する方針を9日時点で発信して翌日に注意事項も含めて詳細を広報広聴課で発信したり、ペット同伴での避難が可能な避難所を開設する方針をあらかじめ表明して半日後に該当避難所と注意事項を広報広聴課アカウントが発信するという流れです。この間に、該当する被災者はどうするか考え、準備する時間が与えられ、詳細情報にすぐに対応することができます。災害時は、トップ、各組織の緊密な連携と役割分担を行うことが重要で、それは平常時の実践が左右します。平時にできていないことは非常時にもできないのです。非常時にできなかったということは平時もできていなかったということでもあります。

 このようにSNSで情報発信を続けていると「災害時に市長はSNSばかりしているのか」という批判が必ず上がります。こういうことを言う人はたいていSNSをやっていない人で、平時でも一定数います。この意見自体は取るに足らない意見ですが、災害時の首長の状況については説明しておいた方が良いと思います。
 誤解を恐れずに言えば、災害時、首長はヒマです。災害時、危機管理意識のある首長はいつでも所管が飛び込んで判断を仰ぐことができるように、通常のスケジュールは全てキャンセルします。実際に台風 15号では、私は市役所を離れる案件は全てキャンセルしています。ですから、報告を受け、指示を出し、その指示が被災者・被災現場が求める時間軸で動いているか進捗を適宜把握する以外の時間は市長室に待機しています。
 従来はその時間は待機するしかありませんでしたが、今の時代はその時間を活用して、SNSで市長自身の言葉で情報を発信したり、支援を全国に呼び掛けたり、情報収集や市民への励ましのメッセージなどに充てることができます。
 私は、9月 17日に以下のツイートをしました。

 「災害時、トップのSNS投稿が多いと必ず批判があります。これは災害を経験した首長なら誰でも分かることですが、有事の際、危機管理意識がある首長は通常スケジュールを全て中止・延期しますので、指示を出し、報告を受ける合間に時間は十分にあります。その時間を首長でしかできない仕事に回すわけです」

 大阪府箕面市の倉田哲郎市長が、私のツイートに対し的確な発言をされているのでご紹介します。

 「昨年、大阪北部地震や台風の大停電を経験しましたが、(熊谷市長の意見に)まったく同感です。
 災害時、市職員は、目の前に流れてくる大量のタスクを処理するのに手一杯。言葉を選ばずに言えば、一番ヒマなのが首長です。だから、職員がやれない情報収集・発信、全体の動きを眺めて不足の取組を探す、他組織との交渉などを頑張ります。
 ヒマは言い過ぎですが、よく言えば『遊軍』って感じです。ともかく、災害時は、指示や報告を受ける以外の『隙間の時間』を一番もってるのが首長です。それが組織の在り方であり、役割分担でもあります。
 もちろん実際に現地にも赴きますが、近年、SNSにより、現地に赴くより広範囲に被災者と生々しい接触が可能になりました。首長の余力が、ここに費やされる意味は大きいと思います。昨年の災害の最中、なにが足りず、なにが不安か、などの声をバーチャルに見聞きし続けられたのは、対策を進めるうえでとても大きかったです」

 災害対応に明け暮れていた 13日夜、就任間もない赤羽一嘉国土交通大臣が被災地視察で千葉市役所にも立ち寄っていただけるという話が飛び込んできました。被災自治体の状況を説明することができる、大変ありがたい機会でした。
 視察が決まってからしばらくして、「大臣に説明、訴えることは用意できている?」と聞くと、被災状況の説明資料だけで国に具体的に何を求めるか、ということを用意していませんでした。「せっかく大臣が来るというのに『大変な状況です。なにとぞご支援を』、なんて抽象的な話を首長がしてどうするんだ。こんな機会はまたとない。現場の実態から導き出される要望や提言をしっかりまとめるんだ」と指示をしたところ、最初に上がってきたのは事務レベルで話をすれば良い案件ばかりでした。この件に限りませんが、自治体職員は国のルールの中で対応する癖がついてしまっていて、目の前の現実からあるべきルールを考えて国に提言するという自治体職員として最も重要な視点がなかなか持てないところがあります。「新しく就任した国交大臣が最初に詳しく被災地の行政から話を聞くのがこの千葉市だ。県庁所在地、政令市として被災現場に即した大きな提言を出す責任があるんだ」と再度検討してもらい、以下の要望を大臣に行いました。

・国の各省庁から支援職員が派遣されていたが、逆に市職員がどの省庁派遣の職員に相談するか混乱していたので、複数省庁を横断する統括連絡先の確立をお願いしたい
・道路管理者である市側の作業員が倒木現場に駆けつけても、電線にかかっている場合は電力事業者側の作業員が処理するルールになっているため、市側が手が出せない問題の解決が必要
・大量の倒木を処理した後の伐採木を保管する場所が不足しているほか、その処理に膨大な期間を要するため、広域処理への支援をお願いしたい
・ビニールハウス等の多くが倒壊しており、鉄パイプ等の大量の廃材の広域処理をお願いしたい
・屋根の雨漏りを防ぐブルーシート張りができる職人が被災地で圧倒的に不足しており、全国から広域で確保できないか
・学校施設の早期復旧が必要だが、工事業者が不足しているため、全国から広域で確保できないか

 赤羽大臣は一つ一つにT寧に耳を傾け、国交省所管以外についても要望に応えるよう全力を尽くす旨を表明され、実際にこれらの要望は迅速に国に対応いただき、千葉市だけでなく被災地全体の復旧を加速することができました。大臣だけでなく災害に関わる多くの国交省幹部が同席していたことも大きかったと思います。
 例えば、この要望を機に倒木処理のスキームが変わり、電線に関わる倒木は、必要に応じて電力事業者と市側で連携して処理することができるようになりました。

 ブルーシートについてはこのような形で支援を受けることができました。私が赤羽大臣に要望している姿をテレビで見た神戸市の久元喜造市長から私の携帯に「支援物資でも、何か支援できることがあれば遠慮なく言って下さい」と連絡がありました。私の故郷ということもあり、久元市長とも親しく交流させていただいていたので大変嬉しく思いました。「物資はなんとかなります。ですが、ブルーシートを張る職人がいないのです」と率直に困っていることをお伝えしたところ、「それは行政ができるか分からないが、動いてみる」とお返事をいただきました。
 その後、久元市長はすぐに動いてくださり、災害時の連携協定を神戸市と結んでいるゼネコンなどが加盟する「神戸市安全協力会」に作業員確保を依頼、同会の依頼を受けたゼネコン大手の大林組が社員や協力会社に呼び掛け、その週末から職人に来ていただくことになりました。
 週末になると担当局長が「市長、すごい数の職人が来てくれています」と言うではありませんか。聞いてみると100人近くの職人が来てくれたようで、本当に嬉しかったですし、勇気づけられました。その後も奥村組など様々な建設会社からも職人を派遣してくれ、高齢者を中心に困っている被災者のブルーシート張りを進めることができました。
 千葉市の要望を受け、全国の建設関連団体に国から要請があり、ブルーシートを張る職人がこのように千葉県各地に派遣され、大きな支援につながったことに感謝します。

↓ つづきはこちら ↓