第4章 新しい行政と市民の形を追い求めて ~ICT施策①~

 私が市長になって力を入れた分野にICT施策があります。「力を入れた」というよりも「当たり前のレベルにした」と言った方が適切かもしれません。
 就任当時、千葉市は基幹系システムが政令市の中で最も古い状況でした。システムが古いと、制度改正等に伴うシステム改修コストが高くつくほか、柔軟な制度設計や窓口対応も困難になります。
 また、出張命令簿など庶務事務は全て手書き、出退勤管理に至ってはハンコを押す帳簿でタイムカードですらない状況で、全て社内ネットで電子化されていた民間企業から来た私は「民間から 10年、他の行政と比べても5年は遅れているな、千葉市は」と感じました。
 その背景を調べると、歴代の市政幹部にICTに長けた人間がいないために、システム投資の価値が理解されてこなかったことが分かりました。また、実務部隊も情報政策課と情報システム課という2つの課があるのみで、局や部ですらありませんでした。組織全体のシステム最適化やセキュリティ対策などを実施する場合、セクショナリズムを乗り越えるため、ICT部門に一定の権限が必要となりますが、課長レベルでは話になりません。
 しかも、その2課の業務には「市役所ホームページ」とそれに連動する「市役所コールセンター」が含まれており、「電子と名の付くものは全部電子部門にやらせておけ」という、千葉市役所のICT施策に関する昭和レベルの意識の低さがはっきりと理解できました。
 ホームページは電子ではあるものの、本来的な意味合いは広報ですから、市政だよりなどを所管する広報部門の仕事です。
 そこで、千葉市の組織風土を一気に変えるために私自身がCIOに就任し、「情報統括部(後に情報経営部)」を新設して、エース級の人材を抜擢しました。更に、千葉市として初めて外部から局長級を登用し、CIO補佐監に就任してもらい、全庁的なシステム最適化、セキュリティ対策、戦略的なICT活用を推し進めていくこととしました。

 早速、レガシーシステムの刷新に取り組み、介護や税務から始まり、福祉、住民記録、国民健康保険などを順次刷新、さらに庁内の各種システムについても当時は最先端だった仮想化技術などを活用しながら合理化を図りました。
 システム刷新の際に重要なことは「業務の標準化」です。行政は放っておくと制度運用面において細かなカスタマイズを重ね、ガラパゴス化していきます。パッケージソフトなどの汎用システムの方がはるかに安価でも、業務部門が「それではこの業務ができない」「このボタンは右上にないと使い勝手が悪い」等を主張し、結局カスタマイズ化した高いシステムを導入することもしばしばあります。そのカスタマイズが真にやむを得ないものなのか見極め、システム刷新と同時に自らの業務フローを見直す取り組みが必要です。
 今までの千葉市役所のICT部門は課長レベルだったため、全庁的に業務の見直しを求めることは不可能でした。しかし、市長が出席する会議において、私から「業務の標準化を徹底せよ。原則、カスタマイズは許されないと考えてほしい。やむを得ない場合は情報経営部長、CIO補佐監の了承を得ること。各局の状況は私自身が報告を受け、把握する」と宣言し、業務の標準化の必要性を各局長以下に理解させたことで、必要なカスタマイズは当然行ったものの、かなりの分野でパッケージソフトを導入することができました。
 レガシーシステムの刷新は大変大きなプロジェクトで、全てが完了するまでに約6年の年月を要しましたが、年間4億円のシステム管理費用の低減を実現したほか、マイナンバーカードを利用して夜間休日も各種証明書の交付が受けられるコンビニ交付サービスや区役所窓口のワンストップサービス化など、市民の利便性向上に向けた諸施策につながっていきました。

 千葉市は庶務事務システムに加えて、電子決裁率も低い自治体でした。そこにはICT化以前の旧態依然とした意識が背景にあると感じました。
 就任した時、私が決裁する書類に 30個以上のハンコが押されていて驚きました。決裁規程上、権限を持たないレベルまでハンコを押して責任の所在を不明確化していることや、決裁文書が今どこにあるのか、誰が止めているのかも見える化できておらず、意思決定のスピードが非常に遅い組織でした。
 総務部門に「この 30個以上もハンコが押された文書をおかしいと思わない人間が行政改革や市民の手続き改善などできるわけがない。責任を明確化し、意思決定を迅速化するよう見直すように」と指示し、決裁ルールの見直し、権限移譲、電子決裁の徹底などが行われました。
 行政のハンコ主義というのは根深く、例えば市民が手続きで役所を訪れてもハンコが無いために門前払いされ、近くの店で三文判を買ってくることを平気で案内する始末です。何のためにハンコを押させるのか、本人確認等の意義を理解せず、惰性で市民にハンコを強要し、市民の貴重な時間を奪っていることを理解してほしいと思いました。
 そこで、千葉市の行政改革の大きな理念として「市民に時間を返す」というテーマを掲げ、行政の手続きによってどれだけ市民や事業者の時間が費やされているかを見える化し、その時間縮減を施策の効果額として算定する枠組みを作りました。
 その結果、千葉市で行われる約3000の手続きのうち、約2000もの手続きで押印が必須ではなく、本人署名で可能となったり、様式から押印欄がなくなりました。この改革は福岡市を始め、各都市に影響を与えています。
 また、道路が傷みひび割れている、公園のベンチが壊れているなど、行政管理の不具合を、市民自らがスマートフォンで撮影して 24時間レポートし、改善要望できる「ちばレポ」など、自治体のICT活用の見本となるような取り組みを進めてきました。
 「ちばレポ」はICTを活用した新たな行政と市民の関係を打ち出した、全国でも注目された施策ですが、これは初代情報統括部長で、市民局長を務めた金親芳彦氏のリーダーシップ、挑戦、そして道路部門を中心とした技術部門の主体的な協力があって実現にまで至った施策です。千葉市のICT施策にはそれを支える多様なICT人材がいてこそです。
 「時間を返す」対象は市民ばかりではありません。事業者に関連する手続きも事業者の時間を奪っており、市内の生産性に直結する点で市民以上に改善効果が大きい可能性があること、市側は許認可権等を持つ優位な立場であることが多く、事業者側からの改善要求が市民よりも少ないことから、事業者向け手続きには改善余地が大きいと私は考えています。
 例えば、不動産業者や測量会社は定期的に千葉市の道路名(市道○号線など)や道路幅員を調べる必要がありますが、従来は窓口に来て台帳を見るか、FAXで確認をしていました。その度に職員が対応する必要があります。その件数は1日約 90件、年間2万件以上。
 これをインターネットを通じて市が管理する道路の名前や幅員を調べられるページ「市認定道路網図システム」の運用を開始した結果、FAXなどの問い合わせは、ほとんど来なくなりました。仮にFAXによる問い合わせが半減した場合、年間300万円の人件費が削減できます。システムの開発費や運用費用の元は十分取れるだけでなく、事業者の生産性を向上させたという意味では非常に意義のある施策です。
 さらに、市認定道路網図システムの後継システムである千葉市地図情報システムにおいて、私たちは建築基準法の道路種別情報や千葉市道路の工事情報も確認できるようにする等、さらなる行政コストの削減と事業者の生産性向上に率先して取り組んでいます。

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