第1章 非常時こそ問われるトップの真価 ~台風15号対応②~

■職員の意識はトップが変える

 組織というものはいきなり非常モードにはなりません。正常性バイアスによる影響のほか、法規やマニュアルに従い、公平性を確保することを常に求められていることも関係しているのかもしれません。日が経つにつれて徐々に職員の意識も変わるのですが、変わるまでに数日を要し、それでは後手後手に回ってしまいます。それを一気に変えるにはトップの姿勢や判断が必要となります。
 台風が直撃した9日から3日続けて暑い日が続いたこともあり、停電2日目となる 10日の夜にはSNSで「お風呂に入りたい」という声が上がってきました。また、市内で営業している銭湯はどこも長蛇の行列ができていることもSNSで把握できました。いつまで停電が続くか不安に思う市民の気持ちを考えると、どうにかしてあげられないかと考えました。
 「いきいきプラザのお風呂を開放しよう」。
 市内全6区に設置されている高齢者施設「いきいきプラザ」には大浴場がありました。普段は有料(100円)かつ午後3時まででしたが、それを被災者に夜間も含めて無料開放するよう指示したのです。すると、担当職員は、「実は昨日の晩に何件か『お風呂に入れませんか』という問い合わせがあったようです」というのです。
 「で、どうしたの」とただすと、「断りました。ですが、これで良いのか内部で議論していたところです。市長から言ってもらったのでやります」と答えました。頭の中が平時モードから非常時モードにまだ切り替わらない、そんな職員、組織の背中をトップの姿勢や判断で押すことができます。すぐに様々な広報手段で無料開放を公表したところ、大きな反響がありました。
 その後、最前線である区役所を訪れて、区長と話したところ、「いきいきプラザの大浴場の無料開放はありがたいです。さらに広げられないでしょうか。停電地域に近い市の施設でシャワーやお風呂などを提供できる施設は他にもあります」という要請を聞き、すぐにその場で各幹部に検討を指示したところ、いきいきプラザを所管する保健福祉局以外の環境局や市民局からも「うちにもお風呂やシャワーがある施設があります」と次々と声が上がり、一斉解放となったのです。お風呂の無料開放は 10月の台風 19号のときでは、もう私が何も言わなくても職員から「無料開放します」と言ってくるようになりました。これはもう千葉市の施策としてちゃんとやってくれると思いました。
 停電地域ではスーパーやコンビニが営業できず、物資不足が目立ってきました。車を持っている方は通電しているエリアまで行けば不自由なく買い物ができるわけですが、高齢者など車を持っていない方はどうにもできません。初めのうちは電気が止まった冷蔵庫の中にあるものでしのいでいますが、じきに底をついたり、腐り始めてきます。
 そうした停電地域に物資を届けるため、移動販売車を活用できないかと考えました。千葉市に本社があり、包括連携協定を締結しているイオンに要請したところ、引き受けてもらえることとなりました。
 指示をした時、所管は「市長も無茶なことを思いつくなあ」と少しびっくりしていた様子でしたが、イオン側は全国の災害で様々な支援をしてきた経験があり、巨大組織でありながら意思決定が迅速でした。要請した翌日には移動販売車が千葉市の停電地域を巡回することになり、非常に好評でした。新聞等でも取り上げられ、他の自治体からも要請が来たそうです。
 移動販売車が巡回し始めた 11日の時点では、あそこまで停電が長期化するとは多くの人間が考えていなかったので、夕方の度に「市長、明日も移動販売車を巡回させますか?」と聞かれました。商品の調達・準備、巡回地域への周知等を考えると、前日夕方までに翌日も実施するかどうか、実施する場合は巡回地域を決める必要があります。決定してイオン側が準備に入った後に、その地域の停電が復旧したら空振りとなり、イオン側に迷惑をかけてしまうことを職員は気にしていました。
 しかし、空振りを恐れるわけにはいきません。物資が不足している地域は広範囲にわたっており、最悪を想定して準備する必要がありました。ですから「空振りになった時はその時だ。私が直接謝るよ」と職員に伝え、移動販売は続行しました。
 結果的には停電は長期化し、移動販売車は長期間にわたって市内各地を巡回することとなります。

■最悪を想定する

 先述のように、当時は職員だけでなく、多くの県民はいずれ停電は解消すると思っており、あそこまで長期化するとは思っていませんでした。東電は千葉市エリアに関して、先述の通り9日時点では「 11日中には復旧。多くの地域は明日中に」と発表しましたし、 11日の夜には千葉総支社長が「明日 12日中に千葉市は一部を除いて復旧させるべく鋭意作業しています」と私たちに伝えるなど、楽観的な見通しを発表し続けていました。幹部の中にも東電の楽観的な見通しを庁内に伝える者もいましたが、私からは「楽観的な見通しは組織が緩むので慎むべきだ。若葉区や緑区の厳しいエリアは長期化することを考えて行動しよう」と、庁内を引き締めました。そう言った私も、さすがに3週間以上の長期戦は予想していませんでしたが、自分自身に言い聞かせるように最悪を想定し、その姿勢を組織内に示して指示してきたことが、振り返ってみて一番大事なことだったと思います。

■作業員の後方支援も

 東京電力が根拠のない楽観的な復旧見通しを発表し、住民や行政を混乱させたことは問題ですが、現場の作業員の方々は必死の思いで作業にあたってくれていました。
 千葉総支社長との会話の際に、「ところで、作業員の方は夜はどこで休んでいるのですか」と聞いたところ、「変電所などで車中泊するか、事務所で雑魚寝しています」とのことでした。「それはいけない。劣悪な環境の中で事故が起きたり、作業効率が悪くなれば被災者のためにもならない。千葉市で何か支援できないか検討します」と申し上げ、すぐに市の公共施設の中で、宿泊ができ、工事車両が停められる施設を洗い出させました。
 すると絶好の施設がありました。それは千葉サイクル会館です。
 千葉サイクル会館は千葉競輪場の関連施設で、競輪を開催する際に競輪選手が宿泊します。十分な数のベッドと大浴場、洗濯機等を備えていて、しかも当時は競輪場の建て替え中のため、作業員のために専用に貸し出すことが可能でした。
 早速、作業員向けに 24時間宿泊可能な後方支援拠点として開放し、多くの作業員が利用しました。「久しぶりに横になって寝ることができた」「大浴場に浸かって疲れを取ることができた」と大変喜んでいただきました。ホテル等では深夜になって宿泊したくても空きがない、工事車両が停められない等の制約があったので、現場では作業員の疲労状況を見ながら、疲れがたまってきた作業員には「サイクル会館で休んで来い」とケアすることができたそうです。

■ 被災者と行政の時間軸のずれ

 平時でも首長は一般の人が思っている以上に判断することが多いのですが、災害時は特にトップの役割が重くなります。
 通常であれば首長は多くの場合において、行政組織が様々な観点から検討した結論を聞いた上で判断することができます。しかし、災害時、特に初動期はそうはいきません。組織が時間をかけて合理的な結論に至るのを悠長に待っていると、機を逸してしまいます。刻一刻と状況が変化する中で、ある程度の検討段階で誰かが結論を下さなければなりません。
 災害対応は得てして複数部局にまたがる組織対応が求められ、かつ一つ一つの判断に大きな予算や事後責任が伴います。その判断ができるのは首長か、せいぜい副知事・副市長くらいしかいません。首長が判断・決断しない組織は、災害対応で必ず後手後手に回ることになります。
 職員は市民のため必死に災害対応にあたっていますが、膨大な業務に追われる中で、判断に悩むものは後回しになりがちです。
 今回の災害の場合、市役所や区役所は停電しておらず、仮に停電しても非常発電がありますから、職員のオフィス環境は平時のままです。被災者にとっての3時間と、通常のオフィスにいる人間の3時間では、切実感は全く異なります。被災者目線の時間軸で必要な判断を組織として下していくために、トップは各組織の対応状況を把握し、判断待ちがその原因であれば自らの責任で判断を下していく必要があります。

■現地の視察の意味

 台風が直撃した2日目の 10日時点で、私の頭の中には「いつ現場を視察するか、どこを視察するか」ということが浮かんでいました。被災自治体の首長として、被災地視察は現場の実態に基づく災害指揮をする上でも重要ですし、災害に対する自治体の姿勢を示し、市民を勇気づけるという意味でも重要な意味を持っています。
 想定外の災害に対応するため、 10日に様々な部署にマニュアルを超えた各種対応を指示し、 11日は少し災害指揮に余裕が出たため、被害の大きい若葉区・緑区を視察することとしました。
 区役所を訪問して区長から現場の生の声を聞き、各避難所を回って被災された市民の方々の話を直接伺いました。
 現地を視察すると、先述したお風呂の無料開放だけでなく、避難所への職員派遣の方法など人員体制の課題、停電地域における課題など、既に手を打った対策が現場でどこまで有効か、修正・追加する必要があるかなどがよく分かります。
 私は首長が何の手も打たず、文字通り現地の状況を見るために視察するのは意味がないし、パフォーマンスだと思います。手ぶらではなく打ち手を持って現場に行くこと、組織等から上がってきた情報で判断・決断したその打ち手が現場とずれていないかどうか、組織を通すとトップまで正確に上がってこない情報や、まだ対策する余地があるかどうか、それを確認するために意味のある視察を行うべきです。

■10年の経験と他の災害の教訓が生きる

 このように想定外の状況に陥りながらも、千葉市は与えられた条件の中で最善を尽くすべく全組織が動いてくれました。これは組織として東日本大震災の経験が大きかったほか、千葉市が長年、東北や熊本など、大規模な災害が発生した自治体に「助けると同時に、我々も学ぶ」というスタンスで職員を積極的に応援派遣してきたことも役に立ちました。
 私自身についてはやはり任期 10年間の経験が大きかったと思います。 10年で、東日本大震災以外にも、竜巻災害や大雪被害、台風など様々な災害に直面する中で、自分なりに自身の行動や判断を総括してきました。
 もっとこうしておけばよかったのではないか、ほかに良い判断はなかったのかどうか。今でも自問自答する時があります。
 被災地に派遣した職員が帰ってきた際には必ず報告を受け、時にはランチミーティングなどで昼食を取りながら現地の話を詳しく聞いてきました。
 また、私は様々な勉強会を通して知事や市長と交流を持っているので、被災地の知事や市長と会った時には「どのような考えで災害指揮に臨んだのか」、「あの時の判断の背景はどうだったのか」などを直接聞いて自分なりに研究することができました。熊本地震での大西一史熊本市長、博多駅前道路陥没事故での高島宗一郎福岡市長、2018年7月豪雨での片岡聡一総社市長など、多くの尊敬すべき首長から学ぶことが多々あります。こうした学びが今回の災害では生かされましたが、それでも災害対応に完璧はありません。今回の災害も組織的な総括と、自分自身の総括を、しっかりと行い、次の災害に備えていく考えです。

■ Amazon欲しいものリスト

 学びが生きたという点では、岡山県総社市から学んだ災害時のAmazon欲しいものリストの活用があります。
 Amazonを使っている方はご存じだと思いますが、Amazonには自分が欲しいものをリスト化して他者に公開する機能「欲しいものリスト」があります。この機能を活用して被災地として今必要なものをリスト化し、全国から支援物資として募ることができるのです。
 災害時には、報道等を見た全国の方から「何か必要な物はありますか?」という問い合わせが必ずあります。人として何か支援したいとなった時に、日本人はどうしても「物」を送りたいのです。個人が送る少量の物資が整理されずバラバラに届くことで、被災自治体はその物資の受け取り、仕分け、配送などで負担がかかるので、本当は義援金などが最も良いのですが、目に見える「物」を送りたいという気持ちは非常によく分かります。私たちもそうした善意を無駄にしたくありません。
 そこで、被災自治体として必要な物資をあらかじめAmazonで取り扱っている商品単位で指定し、かつ必要量と送付先も指定
しておくことができるAmazon欲しいものリストは大変有用です。必要量に達すると自動的にリストから落ちることで、必要な品物を必要な量、必要な場所に送っていただくことができ、支援する側も普段慣れたAmazonでボタンを押すだけで支援物資を必要な場所に送ることができます。
 台風が襲来する半年ほど前に指定都市市長会議が岡山市で開催される際に、7月豪雨での対応が注目された総社市に会議前に立ち寄り、片岡市長や副市長から被害の状況や災害対応について詳しく伺うことができました。被災された方々とも交流することができ、様々な学びがあったのですが、その中でAmazon欲しいものリストの話が出て、千葉に戻った後すぐに防災部門に検討を依頼しました。
 その後、別の部署である千葉市動物公園で動物たちの新たな展示や来園者へのおもてなしで必要なものをAmazon欲しいものリストで募集したところ、所管も驚くほどのスピードで寄付が
集まりましたので、この手法は大変有用だと実感しました。
 台風が襲来した際、危機管理監から「Amazon欲しいものリストを活用したいと思います」と具申があり、「検討しておいてよかったね。早速活用してくれ」と指示し、ブルーシートや停電世帯に支給するLEDランタンなどを募集し、あっという間に支援物資を集めることができました。この手法は支援物資を迅速に集めることができるだけでなく、誰もがすぐに参加できる斬新な支援手法を提示することで、SNSやテレビ等で大きな反響を呼び、千葉市が全国的な注目と支援を集めることにもつながりました。
 今ではこの手法は他の自治体も採用し、今後の日本の被災地支援のスタンダードになっていくと思われます。なお、この機能はAmazonしかないのですが、他の通販サイトにも同様の機能が実装できないか呼び掛けているところです。

Amazon欲しいものリストで支援物資を迅速に集めることができた

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